実写版『美女と野獣』はオリジナル忠実再現の豪華絢爛ロマンスムービー
ブログを開設してはや1ヶ月ほど経とうとしているが、未だ記事数が2つである。
継続は力なり。
かなり身に染みる言葉ではあるが、それが行動に起こせない病気を患っている。無念。
さて、最近のディズニー映画界では実写化が大流行している。アトラクションを原作にした『パイレーツ・オブ・カリビアン』『ホーンテッドマンション』に続き、アニメーションを原作にした『シンデレラ』『アラジン』『ダンボ』などなど。
更には、既に実写化が決まっている作品もあり、まだまだディズニー実写ブームは止まりそうにない。(新たなアニメーション作品を作って欲しいのはここだけの話)
6月に実写『アラジン』を見て大いに感銘を受けた私は周りに馬鹿みたいに良さ語っていたのだが、その時に皆に口を揃えて「美女と野獣も良かった」と言われた。
実はディズニーオタクをしていながら実写『美女と野獣』を見たことがなかったのでこの機会に視聴。
まぁ、なんつーか、普通に良かったわ。
もう皆見たことあるからあらすじ書かないでいいよね?え?よくない?マジ?
簡単に言うとアレだ、ある所に容姿は綺麗だけど性格悪い王子おったんやけど、その性格のせいで魔女に呪いをかけられて醜い野獣の姿になっちまったんだ。その呪いは人を愛し人に愛される真実の愛を見つければ解けるっつーわけで。まぁ色々あって出会っちゃったベルっつー女との交流を経て温かい心を取り戻すっつー話なんだけど……。
とてもよく分かりやすい物語である。
(私のあらすじが分かりやすいかどうかは置いておいて)
誰からも見向きもされないような、寧ろ恐れられるような容姿になり、1人の美少女との交流を通して知らなかった優しさや愛情を学んでいくハートフルストーリーだ。
この物語は簡単に見ると、このように教訓めいたラブストーリーなのだが、実は結構深い。
と言うのも、『美女と野獣』はディズニーお得意のプリンセスストーリーに位置する。
ここで1つディズニープリンセスについて簡単に話をしておきたい。
プリンセスは『白雪姫』『シンデレラ』から始まり、今日では『アナと雪の女王』のアナやエルサ、『モアナと伝説の海』のモアナなど人種・性格問わず多種多様な女の子たちがいる。
その中で彼女達は発展、進歩し様々な社会に適用してきた。
まず『白雪姫』『シンデレラ』『眠れる森の美女』
この3つはステレオタイプのプリンセスストーリーであり、「待ってるだけの女性像」として批判されることが多かった。
これを受けて次に作られたのが『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』『ポカホンタス』である。
ここでは主に「知的で聡明な女性」が描かれている。今回の『美女と野獣』ではそれが顕著に現れていて、ベルは街でも一風変わった本が大好きな少女でガストンという強い男に告白されても靡かず、世界に目を向けていつかは自分の目で外の世界を見たいと思っている。つまりは、自分の立場や現状に不満を抱え、知識を付け多くを学び自ら行動するタイプである。
実写版『アラジン』ではジャスミンに対する掘り下げが深く、より一層「強い女性」というイメージが描かれている。
だがしかし、これでも批判はつきもので、今度は「結局女性の幸せは恋愛だけなのか?」と問われるようになったのだ。これは、彼女らの行動が、目的が漠然としていたり、"男のため"であったりしていたからだ。
そして次にできたのは『ムーラン』『プリンセスと魔法のキス』『塔の上のラプンツェル』『メリダとおそろしの森』『アナと雪の女王』『モアナと伝説の海』である。
先の3つは恋愛要素こそあれど、3人とも自分のやりたいことや理想がハッキリしており、男のためではなく自分のために積極的に行動を起こしていく。
そして後の3つでは王子様を必要としないプリンセスが登場する。
このようにプリンセス達は社会と共に変化してきた。
『美女と野獣』に話を戻すと、先述した通りベルは「知的で聡明な女性」である。
王子様を待つよりも外に出ていきたい、沢山の本を読んで知識をつけたい、そう思っている女の子だ。
捕らわれた父を助けるために自らが犠牲となったり、野獣に立ち向かったり、はたまた野獣と本を読んだりと強く可憐な女性として描かれている。
まぁ、この辺はオリジナル然りで、実写でも特に差はなく描かれている。
「強い女性」というメッセージを感じたいなら『アラジン』の実写の方がより一層感じられると思う。
もう1人、この物語にはキーパーソンがいる。
それは、ガストンの手下ル・フウである。
ディズニー映画でプリンセスと同じぐらい重要視されているのがヴィランズである。
ヴィランズがいなければ物語に面白味がなく話の進展がない。
最初は悪役として忌み嫌われていたヴィランズだが、近年ではかなりの人気を博すようになった。子供の頃アンパンマンよりバイキンマンを応援するタイプだった私として非常に嬉しい。
で、ル・フウと言えば『ピーターパン』で言うところのスミー、『アラジン』で言うところのイアーゴで、名脇役っつーか、ヴィラン本人を立てるくっつき虫的な存在なのである。
『ピーターパン』スミーよろしくオリジナルではアホキャラでどこか憎めないキャラとして描かれているル・フウだが、実写版ではかなり複雑なキャラとなっている。
彼はガストンに同性としての尊敬以上に、恋愛感情を抱いているのだ。
そして、それでありながら「善」と「悪」の狭間で揺れ動くかなり人間臭いキャラクター性を持っている。
ベルと野獣を「善」側のキャラクター、ガストンを「悪」側のキャラクターとして振り分けた場合、ルフゥの立ち位置は「どちらでもない」のだ。
ガストンがやっていることが全て正しいとは思えないが、恋慕相手にNOとは言えず結局悪の道を着いて行ってしまう。
そして、同性であると同時に、恋慕相手にはもうすでに気になる存在がいて、そいつとくっつく為に手助けをしろと言われる始末。
叶わない恋であり、恋愛手助けをしろと言われてる時点で「恋愛対象」から外れていると宣言されているようなもので……
なんかもう、涙が出ますよ。
ルフゥは、それでも、健気でガストンの傍にい続ける…
オリジナル版ではそこまでル・フウに対して深く書き込んではおらず、彼に対する印象はかなり違ったものとなっている。
『アナと雪の女王』で姉妹愛に見せかけた同性愛肯定を堂々と世に送り出したディズニーだが、今回の『美女と野獣』では更に顕著に同性愛の肯定を見せつけた。
プリンセスよろしく、社会の最先端を突っ走るディズニーさん流石やで。
最近ではさすがに顕著すぎるやろ、ウザイで。という声も聞こえるが、ディズニー映画の歴史を辿ると、彼らは社会問題の最先端にいつもいるのだ。時には戦争に関するプロパガンダ映画を作ったり、黒人差別的な描写を盛り込むこともあった。
それが良いか悪いかは問えないが、その時の社会の動きや流行が絡んでいたことには変わらず、ディズニーはいつでも社会情勢を隈無く監視している。
それが戦略であり、表現方法の一つになり得る。
…………
と、まぁ、こんな感じで正直あまり心に残ったものは無いと言ったのが感想である。
もちろん、映像美や衣装、CG技術は素晴らしく、歌もダンスもかなりハイクオリティで普通のミュージカル映画としてかなり楽しめる映画に変わりはない。
豪華絢爛なロマンスムービーと書いたが、本当にその通りで、登場する建物や装飾、ドレスに人々、その全てが煌びやかで鮮やかである。
ストーリーは原作に忠実で、ストーリーに改変が無いほどの適切な量のキャラの掘り下げ、どこを見ても美しい画。
オリジナル版の『美女と野獣』が好きなら見て損はないと思う。
オリジナル版で個人的に大好きな、『Be our guest』のシーン、ガストンの歌、ガストン達とルミエール達が戦うシーンもよく再現されており、コミカルかつ豪華に描かれているのが良かったなぁ…と。
悪いところは特に無いし、良いところばかりではあるのだけど、『アラジン』の良さが私の中で勝ってしまって期待していたよりも心に刺さらなかったのが『美女と野獣』だ。
見る順番が違っていたら少し感想も違っていたかもしれない。
また『アラジン』や他実写についても記事を書きたいし、ほかのプリンセスについても何かあれば書こうと思っている。
オリジナル版で名シーンとされているダンスシーン
映像死ぬほど綺麗。エモいしビジュが良いし綺麗だし、最高 of the 最高。